日本ベッドのDNA -What we are-匠の職人技

ゼロからつくりあげてきた、
その誇りと責任を胸に。
茨城工場工場長 
黒坂 秋雄

マットレスづくりは、
機械づくりからはじまった。

日本ベッドは1950年代前後から、自分たちで工夫した機械でマットレスを生産していました。1970年代の後半には、海外に行く人が増えて、外国のホテルのベッドは寝心地が良いと評判になりました。
海外メーカーも日本でベッドの販売を始め、日本ベッドとしては負けていられない。先輩や自分を含めた3~4人で「海外メーカーの寝心地に負けない製品づくり」が始まったんです。
当時はそんなものをつくれる機械もなくて、機械開発から始めなければなりませんでしたが、情報がなくて苦労しました。ゼロからつくろうにも、やり方が合っているか、間違っているかさえわからない。
情報を集める手段は展示会しかなくて、ベッドや家具に限らず食品業界など、あらゆる展示会を飛んで回りました。機械がどういうふうに動いているか、そういうアイデアをもらえる場が展示会だったんです。
今、工場にはいろいろな機械がありますが「当社にしかありません」というものは、すべてそういうところからヒントを得てゼロからつくったものです。
今のコイリングマシン、ポケットコイルのスプリングをつくる機械ですが、これも全部ゼロからつくっています。日本ベッドの現在の主力製品である「シルキーポケット」というマットレスが完成するまでに、結局トータルで35年ぐらいの年月がかかりました。

お客さまの使い心地を
いかにイメージするかが大事。

長い経験から、お客さまの使い心地、寝心地をしっかりとイメージして、ものづくりをするのが大事だと考えます。
その製品のできあがりをきちっと想定した上で、ものづくりをすること。お客さまは眠ることを目的にベッドを購入するのだから、つくり手は眠るための品質をいろいろと検査して数値で結果を出す。そして検査結果が数値で出たら、今度はそれをどう品質に置き換えるかを、しっかりと考えなければならない。そのためには「本物」を知ることが大事だと思っています。自分は、いろいろなものを見たり感じたりして、もう何十年も日記のように記録しています。そのノートに立ち返ると本物とは何かがわかるんです。

それでも、人間だから時には失敗してしまう。そういうときには、どうやってプラスにするかを考えます。伸びる要素があるから、失敗するんです。頂戴したクレームも、次の改善につながります。「いただくクレームは、ものすごい発見の宝庫」だと思っています。

 
 
   

マットレスの良さは「スプリング」で決まる。

「芯がしっかりしていなかったら、いくらきれいに着飾っても駄目だ」と、会社でよく言っています。

マットレスは「芯」であるスプリングがしっかりしなくては駄目なんです。これはもう頑として曲げない。

芯になる部分がしっかりしていなかったら、どんなに縫製がすばらしくても、どんなにいい詰め物を入れても、お客さまが眠るための製品としては落第ですから。

この譲れない部分を守るために、市場に送り出すまでは、自分の関わるところに徹底して責任を持つようにしています。

ものづくりの基本は「人」。

何をするにしても、ものづくりの基本は人なんだと思います。人がものをつくるんですから。人がちゃんとしなければ、品質にしろコストにしろ最適なものづくりはできません。
「これ、すごいだろう」って、独りよがりでつくったものを世の中に出しても、お客さまはお金を出して買ってはくれません。

入社して50年ほどになりますが、若い頃は人間関係にすごく悩みました。20代の頃には、退職願を何度も提出しましたから(笑)。
当時の工場長や課長のおかげで踏みとどまったわけですが、引き留めてもらったり、ものづくりを基礎から教わったり、結局、先輩方に教えられたことが、今の自分の一番大きな財産になっています。
だからこそ、自分は今、人をとても大切にしているし、人がものづくりの基本であることを、これからの若い人たちに伝えていくことも自分の使命だと思っています。

 
 
   

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マットレスのサイズや寝心地、フレームの質感、寝装品の手触りなども、実際にお試しいただけます。

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